2009年07月10日

「ターミネーター4」とキリスト教文化

▼「ターミネーター4(TERMINATOR SALVATION)」

監督:マックG
2009年/アメリカ/114分

〜「ターミネーター4」をキリスト教文化で読み解く〜
〜ジョン・コナーの呼びかけにレジスタンスが従ったワケ〜

【注】このレビューには物語の核心に触れる箇所がいくつかあります。
   作品の結末を予想できる可能性のある内容が含まれています。


突然だが、「ターミネーター」ジョン・コナーの正体をご存知だろうか。

もしも思い当たるふしがないならば、まずはこれ↓に目を通してほしい

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■【「ターミネーター」ジョン・コナーの正体】
日本の宣伝では知らされない、欧米では当たり前の有名映画の背景とは?
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では、ジョン・コナーの正体とは?

正体は? というまでもなくそれは、イエス・キリストである。

ジョン・コナーが「J・C(ジーザス・クライスト)」と表記できることや「審判の日」というキーワードからもターミネーターシリーズが聖書やキリスト教文化の影響と多分に受けていることはだれの目にも明らかなので、今回はジョン・コナーがイエス・キリストを象徴することを前提に話をすすめよう。


■ 原題に注目!

そもそも「ターミネーター4」の原題に注目だ。

「TERMINATOR SALVATION」

「SALVATION」には救助や救済者(となるもの)といった意味がある。宗教的には「罪の救済」を意味する。

「SALVATION」といえば日本でもよく年末に行われる「社会鍋」と呼ばれる募金活動で知られる「救世軍」をご存知だろうか。軍服っぽい服装をした人が街角で募金活動をする様子をみたことがあるかもしれない。

彼らはプロテスタント系のキリスト教の教派団体であり、救世軍の特徴は軍隊を模した組織形態を持つ点にある。そしてその英語名は「Salvation Army」である。

さて「ターミネーター4」(「TERMINATOR SALVATION」と表記したいところだが、以下便宜上この表記にて)のレジスタンスたちは、抵抗運動をする人々というよりも、軍隊に近い。

潜水艦もあれば戦闘機もヘリコプターもある。組織化された軍隊組織を持ち、現場の兵士はフル装備で作戦行動を遂行する。


■ ジョン・コナーは中間管理職!?

そんな抵抗軍の、ある現場の指揮官がジョン・コナーだ。ん? 現場の指揮官? そうなのだ。「審判の日」から10年後の2018年の時点で30代のジョン・コナーは、立派な中間管理職なのだ!

レジスタンスの司令官は潜水艦で水中に潜り、機械軍に居場所を知られないよう常に移動している。

指令部がどこにいるかはレジスタンスの中でも秘密で、現場の指揮官クラスのジョン・コナーが司令部に行くにも、正確な場所を教えてもらえない有様だ。

司令部は情報を収集し、常に移動しながら安全(と思える場所)から各地のレジスタンスに指令を出す。その指令を受けた中間管理職ジョン・コナーが実際の作戦を指揮して、戦いの最前線へ自身も身を投じる。

なぜジョン・コナーが中間管理職なのか。中間管理職という言い方はイマイチかもしれないが、注目すべきは現場の作戦に自ら参加し、自ら作戦を指揮する点だ。

イエス・キリストの伝道活動を思い出してほしい。イエスは当時の宗教家たちのうちで最高指導者だっただろうか? シナゴーグ(ユダヤ教の礼拝堂)の壇上から教えを説いただろうか?

イエスは壇上から人々に教えを説くのではなく、野山や湖畔に集まった民衆たちに話しかけ、ともに食事をした。

歩いて伝道してまわるイエスの人気はどんどん高まり、多くの民衆がイエスの話を聞くためにますます集まってくるようになった。

こうなると、ユダヤ教の指導者たちのお説教に耳を傾ける人は少なくなり、野山を歩いて伝道するイエスの「ことば」に多くの人々が真剣に耳を傾けるようになった。

するとイエスの時代のユダヤ教で勢いがあるとされるパリサイ派(モーセの律法や戒律を重視)やサドカイ派(祭司が多い)など高い地位にあるとされた宗教指導者達は、おもしろくない。

こうして宗教指導者たちは民衆に人気があるイエスのことを目の仇にするようになった。


■ ジョン・コナーの呼びかけにレジスタンスが従ったワケ

さて、ここまでくれば「ターミネーター4」で、潜水艦に乗った抵抗軍の司令官がスカイネットへの大規模一斉攻撃の指令を各地のレジスタンスに出したにもかからず、皆がその指令に従わなかった理由がわかるだろう。

なぜなら、ジョン・コナーがスカイネットへの総攻撃を延期してくれと無線でみんなに呼びかけたからだ。

呼びかけるとき彼は「俺はジョン・コナー」だと名乗った。

ジョン・コナー、すなわち「J・C(ジーザス・クライスト)」の「ことば」を各地のレジスタンスたちは信じるようになっていたのだ。

なぜなら、安全だと思える潜水艦に乗って指令を下すのではなく、自ら機械との最前線で勇敢な戦いをして成果を挙げてきたジョン・コナーの行いを誰もが耳にしていたからだ。

さらにジョン・コナーがレジスタンスの英雄になろうことはレジスタンスの人々の間にも少なからず伝説となりつつあったからだ。


■ ラジオ、無線、そして「ことば」

――「伝説」。

ここで、とてもいいキーワードが出てきた。伝説の人物といえば「アイ・アム・レジェンド(I AM LEGEND)」という映画作品がある。

「アイ・アム・レジェンド」とは「私は伝説。私は伝説になったほどの著名な人物だ」といった意味であり、それはイエス・キリストことだというのは欧米人ならたいてい誰でもすぐわかるほど明白だ。

▼「アイ・アム・レジェンド」をキリスト教文化・聖書で読み解く

「アイ・アム・レジェンド」の主人公ロバートも毎日、すべてのラジオ放送周波数からメッセージを流していた。生存者がいたら食糧と安全を保障しようという内容のものだ。

「ターミネーター4」でも伝説になりつつある人物(ジョン・コナー)が、危険を顧みず機械軍(スカイネット)との戦いを続け、ラジオや無線を通して「ことば」を伝えつづける。

実はこのラジオ放送や無線放送は、ものスゴく重要だ。

両作品でラジオ・無線といったものが使われるのは偶然ではない。

絶望に覆われた世界での唯一の光である「メッセージ=ことば」はラジオや無線を通して広く伝えられる、というのがキリスト教文化の影響がみられる作品では定番だからだ。

そういえばキリスト教文化がみてとれる「20世紀少年」でも、死んだと思われていた主人公のケンジが実は生きており、ギター片手に歌を歌って辺境の地で伝説となっていく。これは、歌にのせた歌詞=言葉、聖句によって教えを広めていくキリスト教の広まりとも重なる。

▼「20世紀少年」とキリスト教文化

さてキリスト教といえば聖書という書物が有名だが、聖書を読めばそれだけでいいかというとそうでもない。聖書を読み、その解釈や教えを広く伝える、つまり「伝道」に力を入れる。

パウロ(サウロ)の伝道旅行は有名だが、イエスは歩いて伝道した。

人々に語りかけ、話してきかせる「ことば」は音声となって広く伝わっていく。

ここで「声」に注目する必要がある。イエスは集まってきた群衆たちにいつも野山や湖畔で教えを説いていたというが、ふと不思議に思わないだろうか?

集まってきた群衆の数はハンパではない。あるときは5000人の群集がイエスの話を聞きに集まったという。

さぁ5000人の群集に向かって話しかけることを想像してみよう。5000人のうち、いったいどのくらいの人たちに声が届くだろうか。

拡声器やマイクが無い時代。声が届いたとしても50人から100人ぐらいだろうか。

定かではないがこの点について聖書にはどのようにイエスの声を群集に聞かせたかの記述はないようだが、仮にイエスの声が1回で5千人に届いていたとしたら、それだけで奇跡がおきたことになる。

一度に5千人に話すことができる男がいるときけば、ものめずらしさから聞きに行ってやろうとおもって足を運んだ人は、ひとりはふたりではなかっただろう。

仮に伝言ゲームのようにして5千人すべてに話の内容を伝えたとしても、ふつうなら最後に伝言を受け取った人には正確な内容は届かない。メチャクチャな内容が伝わるはずだ。

もしもどこにでもある伝言ゲームでその結果がふつうとなんら変わらないならば、毎回数千人規模の人々がわざわざ集まるだろうか。

声を届ける。メッセージを伝える。伝道する。そういったことに関してすでに奇跡とよばれるようなことが起きていたのではないか。そしてそのメッセージの内容が人々の心に希望の光を射し込むものであったからこそ、毎回多くの人々がイエスの話を聞きに集まったのではいだろうか。

こういったことからも「ことば」「メッセージ」「音声」というのはキリスト教文化を題材とする映画作品においてたいへん重要なキーワードになっている。

「ターミネーター4」でジョン・コナーは母サラ・コナーが残してくれたテープを何度も再生して聞く。

何度も注意深くそのメッセージを聞き、自身の使命を再確認し、立ちふさがる壁を乗り越える突破口をみつけようとする。

そしてジョン・コナー自身もマイクを手に、ラジオや無線で各地のレジスタンスたちへ向けてメッセージを送る。そしてこう付け加えるのだ。

「俺はジョン・コナー」

伝説の男が語る救済のメッセージに耳を傾けない者がいるだろうか。

だから「ターミネーター4」では、ジョン・コナー自身も自らラジオや無線を通して、俺はジョン・コナーだと名乗るのだ。

それを聞いた人々もジョン・コナーに会いにいくとか、ジョン・コナーの声を聞いたといったように言って、ジョン・コナーという名前が連呼されることになる。


■ ターミネーターはジョン・コナーの物語

ターミネーターシリーズはジョン・コナーを抜きには語れない。

むしろ、ジョン・コナーの物語であるといってもいい。

だからといって題名を「ジョン・コナー」や「J・C(ジーザス・クライスト)」としてはそのまんま過ぎていただけない。

「アイ・アム・レジェンド(I AM LEGEND)」だってそのまんま「J・C(ジーザス・クライスト)」という題名にするのがいちばんわかりやすいが、さすがにそれはせずにちょっとヒネって「アイ・アム・レジェンド(I AM LEGEND)」とした。

「ターミネーター」はジョン・コナーの物語なのだが、そんなことみんなわかっているから「ターミネーター」という題名にした。

けれど今作ではグッとジョン・コナー、つまり救済者・救世主中心の物語として描いたから「TERMINATOR SALVATION」となっているのだ。

「ターミネーター4」の感想をネットでみてみると「『ターミネーター』って映画なのにジョン・コナー、ジョン・コナーってみんな言いすぎで肝心のターミネーターが倒されるためだけの障害として出てくるばかりでつまんない」というようなものがあった。

たしかに「ターミネーター」なのだが、その作品の性格と内容に思いをはせれば「TERMINATOR SALVATION」の原題どおりだと感じるはずである。


■「自己犠牲」と「セカンドジャンス」

さてジョン・コナーがどうして伝説になるほどの英雄で救世主なのかは「自己犠牲」と「セカンドチャンス」のキーワードで読み解くことができる。

それらのキーワードを鮮明に浮かび上がらせるがマーカス・ライトというキャラクターだ。

機械の体を持つ人間という設定のマーカス・ライトというキャラクターをよくぞ思いついたな、とため息がでるのだが、「ターミネーター4」の冒頭(セットアップ)の独房でのマーカスと女性の会話に「ターミネーター4」の真髄が凝縮されている。

マーカスは自身の罪のために報いを受ける覚悟でいる。そんなマーカスに女性が、あなたにはセカンドチャンスがあり再び生きられる、といった意味のことを言って、研究のための献体に同意する書類にサインするよう促す。

このときマーカスは死刑囚で、今まさに死刑が執行される直前の最後の面会をしている。面会にきたこの女性はマーカスの家族ではない。

この状況は死が目前にせまった孤独な男が絶望の中にあることをあらわしている。自らの行い(罪)による報いを受け入れる覚悟はしているのだが「ふたたび生きる」という意味は理解しない。それでも書類にサインはする。


■ マーカス・ライトの役割を暗示する聖句

そして死刑執行が行われる場所へ向かうシーンでは、聖句が朗読される。
それは詩篇23編だ。

「主はわたしの魂をいきかえらせ、
 み名のためにわたしを正しい道に導かれる。
 たといわたしは死の陰の谷を歩むとも、わざわいを恐れません。
 あなたがわたしと共におられるからです。
 あなたのむちと、あなたのつえはわたしを慰めます。」
 (詩篇23編3〜4節)


この聖句はその後のマーカスを暗示している。

このようにセットアップで「ターミネーター4」の重要キャラクターであるマーカスの物語における役割がしっかりと提示されているのである。

また、死(んだかのようになって)んで後によみがえるというのはイエス・キリストを象徴するものだが、ジョン・コナー自身も少年の日常という人生を、人類を救うために提供したともいえる。

さらにジョン・コナーがスカイネットの本拠地へカイル・リースを救出するために単身乗り込んでいくことも、自己犠牲の精神なくしてはできないことだ。

そしてなにより、自分がよみがえった理由と目的を知ったマーカスは、はたしてどうするかが「セカンドチャンス」「ふたたび生きる」ことのほんとうの意味を浮き彫りにし、彼の選択が結果的に「自己犠牲」へとつながる。

最大の愛とはなにか。

聖書にはこう記されている。

「人がその友のために自分の命を捨てること、これよりも大きな愛はない。」(ヨハネによる福音書15章13節)


少年の日常という人生を、人類を救うために提供し、人類を救うために審判の日を阻止するために活動することが、逆に「生きる」ことになったジョン・コナー。審判の日を阻止できなくても人類の救済のために常に最前線で戦い続けるジョン・コナー。

そんなジョン・コナーに出会ったマーカスは、自分が再び生かされた意味を知るも、自らの意思でほんとうの意味で「生きる」ことを選ぶ。

ふ、深い……。どこまでも深い脚本である。


■ ジョン・コナーのメッセージが人類の救済へとつながっていく

ひとつ注意しておいてもらいたい。上記のヨハネによる福音書15章13節の聖句は、戦争で兵士となって戦って死ぬことを正当化するために使われることがある。

レジスタンスの司令官が、機械軍との戦いに人類が勝利するためにはスカイネットにつかまった人々の命は犠牲にしてもしかたない、と言
い放ったとき、ジョン・コナーはそれに反対した。

人類の救済という目的のために「犠牲という死を正当化」するのではない。だからこそジョン・コナーはラジオや無線でターミネーターの具体的な倒し方の情報と共に「君は孤独ではない。共に戦おう。生き残るんだ。君たちは人類にとって重要だ。君はレジスタンスだ」(正確な内容とはかぎりません)といった意味のことを言う。

そしてこの放送を聞いた、これまでレジスタンスの正式な一員ではなかった、というかレジスタンスとはみなされなかった若い青年が、ジョン・コナーの名を知り、ジョン・コナーを探そうと決意する。

その青年こそ、カイル・リースである。

いうまでもないが、カイル・リースはジョン・コナーの父親である。

サラ・コナーが残したテープに録音されたメッセージ。そしてジョン・コナーがラジオや無線をつかって流したメッセージ。それを聞いたカイル・リースがジョン・コナーを探し、二人は出会う。

二人の出会いにより、やがてカイル・リースは過去に送られ、サラ・コナーと出会い……こうして人類救済へとつながっていく。

「メッセージ」や「ことば」がいかに重要かがおわかりいだけただろうか。

ジョン・コナーとカイル・リースの出会いはいつ、どんな状況においてなのか。それを観れると思っただけでもワクワクしないだろうか?


■ 映像も凄い!

ほかにも、数種類のターミネーターが登場するから、映像的なみどころも多い。

ターミネーターT-800の原型T-600。バイク型の「モトターミネーター」。巨大ターミネーター「ハーヴェスター」。掃討用空中移動マシーン「ハンターキラー」。

とくに「ハーヴェスター」の動きが多少鈍いところがメカとして非常にいいカンジだ。

なんだか現実に、いや将来的に実際に登場しそうなメカ(機械)が次から次に襲いかかってくる。

荒涼とした大地や荒廃した市街地で繰り広げられる戦闘シーンの迫力はすさまじい。

まるでその場に自分もいるかのような、ちょっと気持ちわるくなるぐらいの臨場感がある。


■ その他

マーカス・ライトというキャラクターの登場で、主人公がジョン・コナーかマーカス・ライトかわからん、という声もあるようだ。

だが「ターミネーター4」が「TERMINATOR SALVATION」であり「人類の救済」に携わる者はすなわち自身の救済につながるというテーマをおもえば、マーカス・ライトのキャラクターこそ、よくぞ思いついたものだとあらためてため息が出る。

このレビューを読んだあなたは、もう「ターミネーターが主役なんだかジョン・コナーが主役なんだかマーカスライトが主役なんだかわからん」などと混乱することはないだろう。

それにしても、観終わったあとにセットアップを思い出してみると鳥肌が立つ。

地味に思えるセットアップかもしれないが、これほど作品のテーマと内容を凝縮したセットアップはなかなかできるもんじゃないとおもう。

「TERMINATOR SALVATION」はぜひ冒頭からしっかり観ていただきたい。

そして、詩篇23編はとても有名だ。

クリスチャンだと暗誦できる人は多いんじゃないかとおもう。

とにかく有名すぎるぐらい有名なので、キリスト教と直接関係ないようにみえるアメリカ映画でもけっこう引用される。

たいてい死刑執行のシーンやお葬式のシーンで用いられる。

そういった意味でよく使われる聖句をあえてセットアップに使いつつ、その内容や本質をほんとうの意味で活かしたところに「TERMINATOR SALVATION」のすごさがあらわれているとおもう。

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