2008年12月23日

クリスマスに観たらさらに良い映画

クリスマス特集第3回
  
「クリスマスに観たらさらに良い映画」
 〜イエス誕生の系図の女性たち〜


おかげさまでクリスマス特集第1回と2回は、読者の皆様に好評をいただきました。


<クリスマス特集第1回>

「クリスマスのほんとうの意味」

あなたは他に見たことがあるだろうか?
冒頭に人名が次々につづく系図が載っている物語の本を――。
知っているようで知らないイエス・キリスト誕生の意味。


<クリスマス特集第2回>
クリスマスのほんとうの意味に思いをはせて、深くじっくりと感動したいあなたへ贈る
「ほんとうはクリスマスに観るべき映画」
〜映画史に残る名シーンだといわれるほんとうの意味〜


クリスマス特集第2回でご紹介した「トゥモロー・ワールド(The Children of Men)」はクリスマスに、そしてキリスト教文化や聖書に興味がある皆さんにぜひ観ていただきたい作品ですが、約8分間の緊迫した戦場でのワンショットのシーンがあります。

戦争や戦場のシーンがある作品はちょっと……という方々のために、別の作品をご紹介しましょう。

それは「テラビシアにかける橋」です。

この作品は少年と少女の淡くせつない成長物語ですが、そこにはキリスト教や聖書の背景がたいへん深く、上手に織り込まれています。

「ナルニア国物語」「ライラの冒険」がキリスト教文化に関連した作品であることは有名です。観ればそのものズバリの登場キャラクターやエピソードやシーンがいっぱいですね。

それらの作品に比べると「テラビシアにかける橋」は文化や聖書と関連しているとはわかりにくいかもしれません。

しかし、少年と少女の物語として紡ぎだされる世界観と背景の奥行きという点では「ナルニア国物語」や「ライラの冒険」よりもいいと思います。


「テラビシアにかける橋」は信仰や試練や受け入れる心など、キリスト教や聖書のメッセージやエピソードがふんだんに織り込まれた作品ですから、これについて話しはじめたらキリがありません。

そこで今回はクリスマス特集第3回として、イエス・キリストの生誕に関連する重要な事柄にスポットライトを当ててお話します。

すでにクリスマス特注第1回と2回をとおして、皆さんはイエス・キリストの生誕が私たちにとっていかに大きな意味を持つかについて知っていただけたと思います。

例によってものスゴく簡単にいうと、イエス・キリスト=救世主(メシア)の誕生によって人類は救われる道が開けたということなのですが、その救いの計画には、世界中のあらゆる人々が含まれているという点が重要です。

ユダヤ人。男。長男。家長の男。といった人たちだけでなく、どこの国のどんな民族・部族であれ、男であれ女であれ、長男であれ次男であれ末っ子であれ、本家だろうと分家だろうと「だれでも」です。

年長の男性によって支配される政府、社会、家族。つまり家父長制度というのは支配・統治する側にとってひじょうに都合のいいものです。

ローマ皇帝コンスタンティヌス1世が313年に発布したミラノ勅令の狙いには、キリスト教を帝国の統治に利用しようというものも含まれていました。(ミラノ勅令は信教の自由を保障したもの)

380年にはテオドシウス1世がキリスト教をローマ帝国の国教とします。

キリスト教を国教としたほうが支配するのに都合がよかったからであり、支配しやすいようキリスト教の教えを制限したとする説もあります。

以後に年長の男性の優位性がキリスト教世界に広がっていたったとするならば、それ以前はどうなのか。

そもそも聖書の中では年長の男性のみが重んじられていたわけではないのではないか。

早い話、だれでも信仰をもつならば、恵みと救いが与えられるのではないか。

旧約聖書を紐解いてみると、イスラエルの偉大な指導者といわれる人は年長の男・長男ではない場合が多いことがわかります。

エジプトの宰相にまでなったヨセフは12人兄弟の11番目。といっても12兄弟の母親はひとりではありませんが、父ヤコブの息子として生まれた順番でいえば11番目です。

ヤコブにも兄がいます。ですが長子の特権を手にいれたのは弟のヤコブでした。

そのヤコブがいよいよ亡くなる時期が近づいたとき、息子のヨセフがふたりの子を連れてきます。

ヤコブにとってのそのふたりの孫を祝福するとき、すでに老齢のために目はほとんど見えませんでしたが、長子のマナセではなく、弟のエフライムの頭に右手を置いて「弟は彼よりも大いなる者となり、その子孫は多くの国民となるであろう」(創世記第48章19節)といいます。

また出エジプトの指導者モーセは次男です。彼には兄アロンと姉ミリアムがいました。

自分はしゃべりが上手でないことを自覚していたモーセは、指導者として任命されてすぐのころは兄アロンの雄弁さと顔の広さにずいぶん助けられました。


そして長子・年長の男子でない者のほかに、聖書では女性も重く用いられています。

モーセの次の指導者ヨシュアが亡くなった後、イスラエルの民には中央政府も行政機構も常備軍もありませんでしたが、士師とよばれる指導者たちがイスラエルの民にとって重要な役割を担うようになります。

そんな士師たちのひとりデボラは、女性です。

女性が重要な役割を持つとされるのは「ライラの冒険」の主人公が女性であることや「ナルニア国物語」でアスラン(イエス・キリストの象徴)の復活に立ち会ったのが女性のスーザンとルーシーだったこと、また「ダ・ヴィンチ・コード」の謎を解くカギが「M」すなわちマグダラのマリアという女性であったことでも既に大きく取り上げられていますね。

映画「ブラインドネス」も、閉ざされた収容所のなかでたったひとり見えている女性が活躍します。


では女性ついて「テラビシアにかける橋」を例にみてみることにしましょう。

主人公の少年ジェスと少女レスリーが作ったテラビシアに入るには、小川を渡らなければなりません。

少女レスリーは川という境界上にある1本のロープを手にとります。古いロープだから危ないよ、というジェスの声にもかかわらず、ロープで川の上を行ったり来たりしてみせます。

ふたりはロープを使って対岸のテラビシアに入るのですが、やがてこのロープが原因でたいへんなことが起こるのです……。

この、ロープでテラビシアへ入るという箇所を、聖書のエピソードに当てはめてみましょう。

川=水が行く手を阻むといえばエジプトを出たイスラエルの民が渡った紅海ですが、今回は約40年間荒野をさまよったイスラエルの民がいよいよ神との約束の地であるカナンに入る際の、ある重要な戦いに焦点を合わせます。

イスラエルの民がエジプトを脱出して約40年間荒野をさまよったのち、モーセの次の指導者ヨシュアを指導者としていよいよ約束の地カナンに入ろうとします。

カナンには先住民族がいくつもの都市を形成しており、イスラエルの民が攻めてきたとの知らせを受けて都市連合を形成しつつあります。

イスラエルの民にしてみればば、点在する多くの都市を攻略するのに時間はかけられません。都市連合が形成される前に、なるべく早く攻略する必要があります。

そんな戦いのはじまりとして、城塞都市エリコの攻略はさけてとおれない大事な戦いでした。

そこでイスラエルの民の指導者ヨシュアは、エリコの町へ偵察隊を送ることにします。
 
エリコの町に侵入した偵察隊のふたりは、ラハブという女が営む遊女宿に入ります。ラハブは遊女宿の主人であると同時に遊女でもありました。
 
このときエリコの王はイスラエルの民たちを警戒していました。エリコの町にイスラエルの偵察隊が侵入していないか目を光らせていたのです。

すぐにイスラエルの偵察隊のふたりはエリコ王の使者にみつかってしまいそうになります。

そのとき、ラハブはふたりを助けます。

窓のところにふたりを連れて行き、綱でつり下ろしてあげました。こうしてイスラエルの偵察隊のふたりは助かります。

後の攻略戦で、エリコの町の住人で助かったのはラハブとその家族だけでした。

ラハブという女性は、1本の綱(ロープ)でイスラエルの偵察隊を助け、それが自身とその家族が救われることになったのです。

さて、テラビシアに入る1本のロープをみつけてそれを最初に使ったのは女性のレスリーです。

レスリーはロープを使ったことで後にたいへんな危機にあいますが、結果としてジェスに広く受け入れる心と平安と喜びを与えることになります。

イスラエルの偵察隊を助けたラハブも、エリコの町のなかでは敵側についたことになりますから危機的状況に陥ります。ですが結果的に命が助かります。

さらにこのラハブという女性は、後にイスラエルの民と結婚して、イエス・キリストの系図に名を連ねることになります。

異邦人で遊女だった。しかし、イスラエルの神を信じることでイエス・キリストの系図にのることができたというのは、だれでも信じる者は救われるという明確なメッセージでもあるのです。

ちなみにラハブより少し時代が下った親戚にルツという女性が登場します。彼女も異邦人でしたがイスラエルの民を夫にします。夫の死後も実家に帰らずに姑のナオミに付いてイスラエル人の居住地域にやってくるのです。

献身的に姑ナオミの世話をするルツはやがて再婚して、彼女もまたイエス・キリストの系図にのることになります。

ルツはもともとモアブ人です。モアブ人は異邦人ですが、アブラハムと共にカナンの地にやってきたロトの娘が、父ロトと交わって生まれた子の子孫なので、イスラエルの民の親戚みたいなものともいえます。

ロトは元々アブラハム(当時はアブラム)と行動を共にしていました。しかし後にイスラエの民の系図から離れていってしまいましたが、異邦人とされるルツがイスラエルの民と結婚、そして再婚したことによって、一度離れたロトの家系(支流)もふたたび本流に戻ってきたことになります。

このあたりは、神とアブラハム(とその子孫)が共に、叩き出された子供たちが家に帰れるような道をつくる、という契約を象徴しているかのようです。

ここでは、叩き出された子、離れていってしまった子とは、ロトとその子孫=ルツのを指します。

さて、ルツがイスラエルの民と再婚するきっかけとなったのは「落穂拾い」です。

当時、土地の所有者は貧しい人や寡婦や寄留者のために、収穫の時に落穂を残しておきました。貧しい人々はその落穂を拾うことが認められていたのです。

姑ナオミとの暮らしは、夫のいない(男手のない)ものでしたから、かなり厳しいものがあり、ルツは落穂拾いにいきます。

そこで土地の所有者の独身男性の目にとまり、再婚するのです。

この「落穂拾い」(落葉拾いではりません)は、ミレーの「落穂拾い」の絵画として有名ですね。

さらにこのルツのエピソードは、理想的な嫁姑の関係を描いているとして広く知られてもいます。

イギリス出身のスーパーモデル、ナオミ・キャンベルといえば有名ですが、欧米人の名前にナオミという名前がチラホラあるのは、日本人の名前からとったわけでなく、たいていは旧約聖書に登場するルツの姑ナオミからとったものでしょう。

ナオミもまた理想的なすばらしい姑として、女性として聖書に記されている人物だからです。

「テラビシアにかける橋」についてもうひとつ。

ある日、レスリーはジェスに付いてキリスト教会の礼拝に出席します。
 
このときレスリーは教会の窓から射し込む一筋の光を自分の小さなバックに詰めて帰ります。後にテラビシアの森で、その光を使ってジェスを助けることになります。

教会の窓から射し込む一筋の光は、神からの啓示や改心を促すしるしとしてよく使われます。

これについては「サウロの回心(目から鱗が落ちる)とルターの修道士の誓い」を例に映画「宇宙戦争(WAR OF THE WORLDS)」で詳しく解説しています。

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▼「宇宙戦争(WAR OF THE WORLDS)」作品レビュー
サウロの回心(目から鱗が落ちる)とルターの修道士の誓いを象徴するかのような「回心」を促がす「雷」ではじまる、家族を守る男のヒーロー物語。真に恐ろしいのはトライポッドでも宇宙人でもなく、人間の心理と行動。
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女性のレスリーが教会の窓から射し込む一筋の光に遭遇したことからも、物語の重要な役割を担うのは女性であるとのメッセージが「テラビシアにかける橋」にしっかりと込められていることがわかります。


以上のことをふまえて「テラビシアにかける橋」を観れば、イエス・キリストの誕生を祝うクリスマスの意義と意味についていくらかの理解の助けになるでしょう。


▼「テラビシアにかける橋(Bridge to Terabithia)」作品レビュー


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この記事へのコメント
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Posted by 元塾講師による悩みスッキリ塾!の中里 at 2008年12月26日 11:48
>元塾講師による悩みスッキリ塾!の中里さん
応援ありがとうございます☆またお気軽におこしくださいネ。
Posted by 3分映画のタカ at 2008年12月27日 14:22
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