2008年08月29日

ほんとはおそろしい「崖の上のポニョ」


〜「崖の上のポニョ」キリスト教色がベタ塗りはなんら不思議ではない〜


「崖の上のポニョ」はキリスト教色をカラフルにベタ塗りではないかという話に、なぜ日本人の宮崎駿がそこまでキリスト教色が色濃い(と解釈できる)作品を作ったのかと首を傾げる人もいるでしょう。


しかし、それはなんら不思議ではないのです。


たいていの人は「私はどこから来てどこへ行こうとしてるのか」なぁんてことは、考えるとしても週末に2,3分ほど。


こういった自分のルーツを知ろうとする欲求はだれにもあるものですが、日々の物事に追い立てられるように生きている人々は、そういったことを考える時間は限られている、と感じています。


ところが職業上、望む望まないにかかわらず自分のルーツに向き合わなくてはならなくなる人たちがいます。


それは、作家と呼ばれるひとたちです。


とくに小説家と呼ばれる人たちは基本としてひとりで作業します。ひとりで物語を紡ぎだしていく作業は、己の内的世界にダイブしていくような感覚と経験をもたらします。


あまり深いところまで潜ってしまうと、自分では気づいていなかった部分を発見してしまうことがあります。


そういったサプライズの力を利用して作品づくりに反映させる作家がいる一方、そういったサプライズの力に押しつぶされてしまう作家もいます。


有名作家と言われる人の死因に自殺が目立つのも、そのたあたりに一因があるかもしれません。


自分では気づいていなかった事というのは、自己防衛本能が働いて記憶の底に封印されていたものかもしれないのです。


普通の人がその封印を解いてしまうことはめったにありません。でも作家は日常的にその封印のそばまで行き来しているので、意図せずに封印を解いてしまうことがあるのです。


己の内的世界にダイブすることによって得られるすばらしい「アイデア」や「気づき」の数々をストーリーづくりの強力な材料にできる利点があある一方で、個人的な趣味趣向や不安・恐怖・トラウマといったものも出てきますので、そららを選別する必要があります。


こういった作業をひとりで行うことは困難です。数人のチームで行う必要があります。


個々のスタッフが己の内的世界にダイブして獲得してきた素材のなかから、より多くの人にとって重要だと思えるものを選別し、プロットを作ってストーリーライン上に置いてみる。


そういった作業を数人から成るチームによって行うことは、物語づくりのためだけでなく、スタッフが内的世界に深くダイブして戻ってこれない危険な状態になることを避けるためでもあります。


深すぎるダイブによって封印を解いて出てきたものは、たいていは他人には理解できないドロドロしたおぞましい世界です。


「パンズラビリンス」の主人公の少女の内的世界に登場するキャラクターは、おどろおどろしい姿かたちをしていましたね。


少女は悲鳴を上げることなく平然としていましたが、それもそのはず。そういったキャラクターが登場する世界は彼女の内的世界なのですから、なんら気持ち悪くないのです。でも他人がみればおどろおどろしいのと感じてしまうのです。


では宮崎駿の場合はどうでしょうか。彼は映画監督以外にもさまざまな肩書きがありますが、アニメーション作品づくりの方式は小説家に近いといえるでしょう。


己の内的世界に深くダイブしてみつけてきた素材を絵コンテに詳細に描き、アニメーション作品をつくるための細かい指示もそこに記します。


物語づくりの作業に関しては、すべて宮崎駿ひとりで行っているといっていいでしょう。


これは非常に危険な作業でもあります。物語づくりのノウハウの構築ができないということのみならず、宮崎駿が己の内的世界に深くダイブして封印を次々と解いてしまうことにストップをかける者がいないからです。


たとえ封印を解いてしまっても、ストーリーづくりの段階でストップがかかれば次回からは似たような封印を解かないようにすることもできますが、だれもストップをかけませんのでどれが解いてはいけない封印かの冷静で的確な判断ができないおそれがあるのです。


宮崎駿はもう若いとはいえません。内的世界に深くダイブして封印を解いていく作業は、肉体的にも精神的にたいへん大きな負担をかけます。


自らに負担をかけながらたどりつくのは「私はどこから来てどこへ行こうとしてるのか」という問いです。


私=日本人のルーツを探る旅。それは日本人の歴史・文化・宗教を知る旅でもあります。


古い文献を読んだり、日本各地の文化施設や遺跡や神社仏閣をめぐったりするなかで、かならずといっていいほど出会うものがあります。

それはユダヤの痕跡です。


日本の有名な祭を見たあるユダヤ人歴史家は驚愕したそうです。ユダヤの祭そのままにみえるものばかりだったからだそうです。


祭りだけではありません。そもそも神社にはユダヤを思わせるものが数多くあるといわれています。


狛犬と呼ばれているものは犬にみえるかもしれませんが、よく見ると犬にはみえません。


たてがみっぽいものがありますから獅子、ライオンであるとみてとれます。より正確には「獅子・狛犬」というそうですから、ライオンにみえるのはごもっともなわけです。


ライオンといえばそれが何を指しているかはご存知ですよね。「ナルニア国物語」でいうと、ライオンの姿をしたアスランはイエス・キリストの象徴です。


また、神社の鳥居を鴨居ととらえてみましょう。赤い鳥居=赤い鴨居とくれば、出エジプトの10の災いの10番目の「長子(初子)の死」の災いからのがれるためにイスラエルの民が自分の家の鴨居に血を塗ったことが思い出されます。


そして鳥居の注連縄(しめなわ)は雲、紙垂は雷を表し、鈴は雷の音を表しているともいわれます。


雷の音といえば、モーゼがシナイ山に登ったときになどにイスラエルの民たちがおそれたものですね。なぜなら、神の言葉=雷の音とされていた背景があるからです。


ほかにも神社仏閣を見て回ればユダヤや聖書とのつながりを思わせるものにたくさん出会えます。


自分のルーツ探しをえすればするほど、ユダヤ教やキリスト教や聖書にかならずといっていいほど人は出会います。

興味をもってさらに調べていけばいくほど、自身のルーツにそれらが深く関わっていると思わずにはいられないでしょう。


年配者はとくに人生をふりかえる過程で自分探しや自分のルーツといったものに深い興味を持つようになりやすいといいます。


まして宮崎駿は比較的若いころから己の内的世界の深いところへとダイブを繰り返してきました。自分のルーツに出会ったと感じた対象=ユダヤ教やキリスト教や聖書に関するものが、つくる作品に顕著に現れてもなんら不思議ではありません。


また、年齢といったことが影響しているのか、宮崎駿が「死」を強く意識しているであろうことは「崖の上のポニョ」に顕著に表れています。


デイケアサービスセンターに通う車椅子の老婆たち
→ せまりくる死

迫りくる(落ちてくる)月 
→ 世の終わり・終末論

ポニョがおそれるトンネル 
→ 魔法の効果がきれる・死へ


とくにトンネルのシーンでは、ポニョはトンネルをとてもおそれて宗介のそばに寄り添います。


宗助はポニョの手をとって暗いトンネルを歩くのですが、その途中でポニョの人間としての形が崩れていきます。もし実写だったら、このシーンはかぁなぁりこわぁ〜いシーンですね。


だって人間の姿がどんどん崩れて鳥のような手足を持つ半漁人へと変貌していくのですから!


キリスト教的な見方をすればこのトンネルはゲッセマネの園でしょう。


晩にゲッセマネの園で祈っておられたイエスは、自分が十字架にかからねばならないことを知っていました。その苦しみのなかにあったときにもっとも身近にいた弟子たちは眠ってしまっていました。


ポニョは死を暗示する暗いトンネルを通るという、最も辛いときに宗介に手をつないでもらいます。


ナルニア国物語第1章でもライオンの姿をしたアスランが魔女のところへ自ら歩いていって一度亡くなる際に同じようなシーンがありましたね。暗い森の中をスーザンとルーシーの姉妹がアスランと一緒にただ歩くあのシーンです。


暗いトンネルも暗い森も、どちらもイエスが苦しみのなかにあったゲッセマネの園を表しており、森やトンネルを抜けた先でアスランもポニョも一度亡くなります。


正確にはポニョは眠っていただけですが、宗介からみれば魚にもどってぐったりしているのですから死んでしまったようにおもえたことでしょう。


その後アスランは復活します。ポニョも再び目覚めます。


このように「崖の上のポニョ」はけっしてお気楽のんきなアニメーション作品ではなく、「死」と「週末=この世の終わり」のモチーフがこれでもかというほど込められた、ちょっと重ぉ〜い作品なのです。


家族で観れる作品にはちがいありませんが、繊細で洗練された感性を持つ子どもはたいそうなショックを受けるかもしれません。


「崖の上のポニョ」はほんとうだったら子どもにみせるのはちょっと
「おそろしい」作品。そして一般的には「畏るべき」作品であることを付け加えておきましょう。


「おそろしい」というのは「避けたい」という意味です。


「畏るべき」の「畏れ」は、神仏などを人為の及ばないものとして敬って身をつつしむ、という意味です。


ほんとはおそろしい「崖の上のポニョ」。


あなたはどのようにこの作品をご覧になりましたか?(ご覧になります
か?)。

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